踏み切れば 風 (2009)踏み切れば 風 (2008年夏) 帰省せし次男夫婦と登り来てグラウス山(註1)に町を見晴らす まつすぐに広き道路が白く伸び町を区切りて海まで続く はるかにもあをく霞める三角州 我家がひそと紛れゐるのは 繁みよりチロと出で来てすぐ止まりスタッカートの小さき縞リス 保護色の岩に飛び乗り縞リスが三拍ほどの休憩をとる 山腹のロッジの傍に丈低く白とピンクのコスモスが咲く 新設のジップラインに遊ぶ人 ひとり、ふたりと宙過りゆく 子の妻の誘ひに乗りてうかうかとジップライン(註2)のチケットを買ふ 心得を聴きゐるうちにためらひが緊張となり昂りとなる 空中に飛び出す前の昂りに両の手のひらが少し汗ばむ 白頭鷲と衝突したらどうするか 空に闖入してゆく私 ハーネスとヘルメットを付け前を向く 眼下の深き谿は見るまい ハーネスの腰の二つのカラビナに体(たい)を預けて踏み切れば 風 幾度も踏み切りて来し一世(ひとよ)なり 最初の一歩はいつも怖くて トレイルの上を行く時ハイカーが手を振りくるる顔は見えぬが 飛び出せばすぐに普通のこととなるジップラインもカナダ暮らしも 加速するジップラインに身を任す氷河を渡る風に吹かれて 「両足も両手も拡げ星になれ!」後ろから来る誰かが叫ぶ 五十キロのスピードに乗り宙を行く山の空気を独り占めして クリーバー・ダムより落ちる水白くちらりと視野を掠めゆきたり ガシャーンと音響かせて止まりたりジップラインはここが終点 ケーブルに下がる私は動かずに天地が動くゆらりゆらりと 私には少し過激なアドベンチャー風に心を放ちくれたり 次に来る息子夫婦を待ち受けてカメラのズーム最大にする 子の妻が両手を拡げ滑空す「イヤッフー!」と声の限り叫びて 「来年はバンジージャンプ」と子らが言ひ夫が同意し我は・・・答へず 雪のなきゲレンデに咲くルピナスの間あひだに野の花あまた 雑草に混じりて淡き紫のオダマキ草が穏やかに咲く 夏闌けてお花畑にひらひらともつれ合ひつつ白き蝶舞ふ 夕陽差す斜面に長き影四つ付かず離れずすんなり伸びる 註 (1) グラウス山 (Grouse Mountain) カナダ、BC州のバンクーバー近郊にある山で、特に冬はスキー場としてにぎわいます。標高千二百メートル。 (2) ジップライン (ZIPLINE) グラウスマウンテンに、2008年6月に第一期工事が完成したアドベンチャー設備。 この一連に出てくるジップラインの場合は、峰と峰の間、あるいは谷や川をまたいで渡された傾斜をつけたケーブルに、一人用の滑車をはめて、装具(ハーネス)の腰につけた金具(カラビナ)で身体を固定してザーッとすべり下りるものです。(時速五十キロが出るそうです。) 一般には、ケーブルにぶら下がって移動するところだけが定義で、形式はそれぞれ工夫され、各地にいろいろなものがあるようです。 日本でも、栃木県茂木町の「クラーネ」にも同種のものがあり、ジップラインとよばれているようですし、自衛隊でも、似たようなものを、訓練に使うことがあるそうです。 |